
日本オリジナル法解釈としての共謀共同正犯
さて、共謀共同正犯にはもう一つの特徴があります。それは他の国にはない日本オリジナルの法解釈と言われていることです。刑法の潮流には大きくドイツ・フランスなどの大陸法系成文法主義とアメリカ・イギリスなどの英米法系慣習法主義に大別されます。両者の違いは法源を最初に何に求めるか。大陸法系は制定された法律に求めるため法律が体系的に整備され、明確であることが求められます。他方英米法は判例に求めるため、法律の規定はゆるやかで詳細は過去の判例に求めることとなります。近代化を目指す明治政府にとって法律の近代化もまた喫緊の問題でした。日本政府はいわゆる「お雇い外国人」としてボアソナードを招聘し、出身国フランス法をもとに旧刑法・治罪法(現在でいう刑事訴訟法)を起草させました。旧刑法施行後には明治維新後の急激な社会変革による混乱から犯罪急増。その責任が旧刑法にあるとして、現行刑法に移行する際にはフランスではなくドイツ帝国刑法典が参照されたという経緯から、日本刑法は大陸法系に分類されます。
大陸法系のドイツ・フランスは参加罪もしくは結社罪を規定しています。ドイツでは先のドイツ帝国刑法典の前身となった1951年プロイセン刑法典草案をめぐり、それまで他の領邦国家の刑法典で認めていた謀議締結段階の処罰について議論されました。議論の中で、謀議自体の処罰はその内容の危険性から、裁判官が未遂の解釈をおこなうべきであり法律で規定すべきでないという理由で削除され,更なる議論で、予備にすぎない謀議を未遂で処罰することはできないという二重の理由から削除されるに至りました。こうして出来上がったプロイセン刑法典では、謀議段階の処罰に関する事項が共犯から一掃された歴史を持ちます。プロイセン刑法典は幇助犯・教唆犯の規定しかありませんでしたが、その後に,北ドイツ連邦刑法典の制定過程において、共同正犯の規定が議論されます。この際に再び領邦国家刑法典で認められていた謀議締結段階の処罰が問題になりましたが、「謀議に基づいて 犯罪を実現した者を広く共同発起者として捉えることも,謀議の締結それ自体を処罰することも法典の中に受け入れられなかった」[i]としています。このためドイツでは刑法129条結社罪、129条aテロ結社罪を規定し、「犯罪行為の遂行等を目的ないし活動する結社を創設する者」「謀殺等のテロ犯罪の遂行などを目的ないしは活動とする結社の創設」を犯罪として規定しています。しかも犯罪遂行やテロ犯罪の遂行が主目的の結社のみが対象で、手段(従目的)が犯罪になってしまったような結社は対象にならないことから、非常に限定的な法運用がなされています。
[i] 市川啓「ドイツにおける謀議概念について」立命館法学2020年1号(389号)P60
https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/20-1/003ichikawa.pdf
他方英米法系の共謀罪(conspiracy)は、16・17世紀の慣習法において、架空の事実を数人で共謀し裁判所へでっち上げて貶めようとすることを罰する虚偽告訴として捉えられていました。その後19世紀には、何かしら犯罪に抵触する行為の共謀、さらには不適切な手段による危険性という拡大解釈から労働運動や政敵の弾圧に拡張され共謀罪が威力を発揮するという歴史を経ました。現在、共謀罪の危険性と処罰対象のあいまいさという問題が自覚され、その客観的要件としての合意+主観的要件としての意図の他に共謀が空想ではないことを示す具体的な顕示行為(over act)の要求や共謀の対象を重罪のような重大な犯罪に限定しようという試みがなされています[i]。また英米法系では陪審制が採用され、陪審員が納得できるような客観的な証拠を相当程度集めないと共謀罪の認定が不可能なことから、訴追については実際の被害が出ているところまで進んでしまった事件であることが多いという意見もあります[ii]。
[i] 京藤哲久「共謀罪とその歴史的起源」法学志林第118巻第4号P147以下参照
https://hosei.ecats-library.jp/da/repository/00025536/hougaku_118_4_p282.pdf
[ii] 高山加奈子「共謀罪の何が問題か」岩波ブックレットP6
日本は大陸法系ではありますが、参加罪の規定はありません。逆に判例からの蓄積という点で日本の共謀共同正犯は英米法の共謀罪に近いように感じます。しかし、そもそも共謀共同正犯が日本の判例ではじめてあらわれたのは、明治29年(1896年)のことです。その頃は英米法ではなく大陸法からの継受が積極的になされていました。共謀共同正犯が判例に急に出現したとは考えづらく、この大陸法からの継受からと考えるのが自然です。ですが、ドイツの例から日本による大陸法の継受が素直に行われなかったことがうかがえます。この部分についても、今後まとめていきたいと思います。


