確定判決の問題点

確定判決の要旨

改めて、確定判決をまとめてみましょう。確定判決は時系列から、大きく4点に分かれます。

①4月末から西さんと黒川さんが「強盗殺人計画」を共謀し、その事前準備として日本人商人を介して軍服の買い手を探し、他方拳銃入手の斡旋を共犯者に依頼した。
②事件当日、福岡旅館に来た拳銃売人の石井さんと拳銃売買をおこないつつ、石井さんを「強盗殺人計画」に誘い共謀した。
③西さんは軍服ヤミ取引に参加し、他の華僑商人達と食堂に残るなか、黒川さんと石井さんは「強盗殺人計画」どおりに日本人商人と華僑重鎮を外に連れ出して殺害した。
④被害者殺害後、黒川さんや石井さんが食堂に戻り、軍服積込完了の嘘報告をした。これを受けて、西さんが華僑商人達に残金を請求するも断られ逃走した。

この判決文は一見すんなり読めてしまいますが、よく読むと強盗殺人を計画・実行したとするには不合理なことや疑問点がいくつも散見されます。このページでは、主たる問題である西さんと石井さんが共謀したとされる「計画」の有無に絞ってみていきます。

「計画」と結果の不一致

1つ目は共謀→行動という一連の因果関係です。先程のグループでみると①②が共謀、③④が行動にあたります。こうした共謀内容と実際の行動との整合性が取れているか、また外れた行動をとった場合はその理由が問題になるでしょう。

全員殺害を果たさず金品も残ったまま
確定判決の最大の問題は、もともと計画していた「強盗殺人計画」と実際の結果の不一致です。西さんと黒川さんの最初の共謀、そして西さんと石井さんとの福岡旅館共謀では「相手を殺害して、その所持金を奪う」あるいは「まず黒川が取引の相手2名を誘い出し、次いで西が残りの者を連出(す)」という全員殺害したうえで金を奪う計画が話し合われていました。ですが、結果として西さんが入手したのは、手付金の10万円のみ。本来の目的だった残り60万円は華僑商人達の手元に残されました。確定判決はその理由について、「西はその場で残金60余万円の交付を強要したが、残った中国人達があくまでも現品引き換えを主張した為その目的を達せず」としています。このように、計画では全員殺害の予定だったにもかかわらず、そして現に全員殺害が可能だった状況にもかかわらず、華僑商人達が支払いを拒絶しただけで諦めて逃走したという不可解な認定がなされているのです。

「計画」があったとは考えられない杜撰な行動

2つ目は、共謀を取り巻く環境です。西さんや石井さんは実在した人間です。彼らの生い立ちなどは別に譲りますが、西さんは妻帯して子供が3人。事件1年前まで劇団芸能社の社長をしていた人物です。劇団は衣装窃盗に遭い解散してしまいましたが、事件当時は新たに運送業を始めようと福岡でトラックを修理していました。石井さんも妻帯しており、占領軍関係の会社に勤めていました。当時は八幡製鉄所とトタン取引の交渉の最中だったようです。このように実際に家族があり、しっかり仕事をして(しようと)していた人たちが、急に無謀な行動を起こすのかという問題です。

初対面の人物を急遽加えた動機
確定判決では、拳銃売買の話し合いがなされた後に、西さんは初対面の石井さんに「強盗殺人計画」を打ち明けています。なぜ西さんは初対面の相手に大胆にも「計画」を持ちかけたのでしょうか。確定判決に採用された共犯者供述の中には、「持ってきた拳銃(証9号)は癖があり、石井さんしか扱えなかった。」という証言もあります。ですが、石井さんが持参した拳銃は1挺だけではありません。「拳銃1挺に実包4発を添え、更に十四年式拳銃1挺」というように西さんの手元には証9号拳銃と十四年式拳銃の2挺があり、癖がある証9号拳銃にこだわる必要もない状態でした。また石井さんにしてみても、見ず知らずの西さんから「大略の構想」を聞いただけで、すぐに実行行為の役割を引き受けて、犯行に至っています。石井さんの動機は全く不明です。拳銃代金として2挺で5万円という取引価格の提示がありながら、殺害の謝礼については一切話し合われていないのです。そして殺害がなされた後、西さんから石井さんへ報酬が支払われた事実もありません。このように西さんにせよ石井さんにせよ「計画」に加える/加わる積極的な動機がなく、不自然な加担がそのまま認定されています。

具体性のない「計画」の内容
石井さんがその「大略の構想」を聞いただけ即座に加わろうとした「強盗殺人計画」とは一体何だったのでしょうか。確定判決は西さんと黒川さんの最初の共謀、そして石井さんとの福岡旅館共謀の2度目の共謀を認定しています。最初の共謀の内容は「架空の軍服で騙して金を入手すべく、もし成功しない場合には取引相手を殺害して強奪しようと計画」されています。ですが、その内容から具体性を感じられません。西さん単独ならともかく、黒川さんを引き入れているわけですから、「計画」の具体的内容となる詐欺方法や必要人数、役割分担、殺害手順、武器、逃亡手段など、実際に遂行するなら当然示し合わせるべき話が全く認定されていないのです。百歩譲って西さんと黒川さんは長年の交友歴から、気心が知れている間柄だったとしても、2度目に共謀した石井さんとは初対面ですから、より詳しい「計画」の開示が必要だったのではないでしょうか。しかし2度目の福岡旅館共謀は「成り行きによっては、まず黒川が取引の相手2名を誘い出し、次いで西が残りの者を連出し相手を殺害して、その所持金を奪う」というように黒川さんと西さんが誘い出し役、石井さんが殺害実行役という役割分担が決まったものの、それ以外の内容は認定されておらず具体性がないままです。

客観的証拠との不符号

3つ目は、客観的証拠との照らし合わせです。「糾問的な裁判」でみたように、裁判では物証として判事の検証証拠、死体解剖鑑定書、領置目録の3点が挙げられています。これらは、まごうことなき犯罪事実の証拠ですから、これらの証拠と確定判決が一致しているかが問題となります。

死体に残された金品
実況見分書によれば、亡くなった華僑重鎮の衣服のポケットからは、現金合計5420円84銭(当時の国会議員の月給は3500円)と金側懐中時計1個、皮製札入れ、万年筆。日本人商人のポケットから現金8円50銭が残されていました。このことから石井さんや黒川さん被害者殺害後に、金品を残したまま逃走したことになります。この事件は金品目当ての計画的な強盗殺人とされていますが、目的物の一部を現場に残していることから、逆に殺害が突発的なものであったことを推認させます。

事件現場に残された弾丸
被害者を殺害した拳銃(証9号)はザウエルという種類の拳銃です。しかし、殺害現場から違う種類の拳銃、コルトの弾丸が2個収集されています。石井さんが持ってきた証9号拳銃、十四年式拳銃は領置されていますが、ザウエルも十四年式拳銃もコルトの弾丸を入れることは不可能です。したがって、殺害現場に第3の拳銃としてコルトがあった可能性があります。その可能性を補強するように共犯者の1人は「現場から拳銃を拾って川に捨てた」と供述しているのです。石井さんは「相手が拳銃を引き抜いたと思ったので相手を撃った」と供述していますから、現場に残された弾丸は第3の拳銃の存在を推認させます。

無いことの証明

福岡事件では、西さんは殺害現場に行かず直接殺害に関わっていないにもかかわらず、「計画」を立案・共謀した首謀者として有罪判決が下されました。より正確には強盗殺人の「共謀共同正犯」としてです。

「共謀共同正犯」は、2人以上の人が共同して犯罪の計画をおこない実行の意思を共有したうえで、その共有した人物が犯行に及んだ場合に適用される犯罪の形態です。この「共謀共同正犯」にはいくつかの問題点が存在し、そのなかに事件に関係ない人物が巻き込まれやすいというものがあります。誰か1人でも犯罪を認めた場合、他の共犯者にも罪が及ぶ場合があるため、無罪主張が困難となることがあります。そのため、罪を認めざるを得ない場合があり、本来罪を犯していない人まで罰せられる可能性があるという問題です。

の確定判決から疑問点を洗い出して思うのは、「計画」を共謀したという事実を証明するものに、謀議に使用したメモや見取り図などの物証は全く存在しない。根拠となっているのは、共犯者による自白だけである。その共犯者の自白は、

共謀共同正犯という条文にはない刑罰
共謀共同正犯とは、複数の人物が共同で犯罪を計画・実行した場合に適用される刑事責任の一つ

共謀の存在や役割分担を立証することが難しい場合があり、裁判の証拠責任や責任割合を決定することが困難な場合がある→共犯者の自白