前回のおさらい

 前回はお休みをいただいて失礼しました。4カ月も空くと私の前回の報告内容は覚えていないと思いますので、復習から始めましょう。前回は福岡事件の最大の争点として、強盗殺人計画の有無という点で西さんや石井さんなど被告人たちの証言と確定判決の認定が対立していることを確認しました。具体的には、被告人達は強盗殺人計画など無く、黒川さん(仮名、以下の文章では省略)・石井さんによる誤想防衛によって被害者が亡くなったという主張をおこないました。しかし確定判決は強盗殺人計画の下、西さんが黒川さん・石井さんに殺害を指示し実行したと認定したわけです。確定判決がどのような理由で被告人たちの主張を否定し、殺害現場にいなかった西さんにも有罪判決を下したのかをみていきましょうという話をしました。

 さて確定判決の内容を理解するにあたって、結論から確認することで内容が分かりやすくなると思いますので、先に結論たる判決からみていきましょう。確定判決では強盗殺人罪の共謀共同正犯が下され、認定された強盗殺人計画への寄与度に見合った刑期が各被告人へ言い渡されました。計画を立案し首謀者とされた西さん・計画のもと殺害をおこなった石井さんには死刑判決、西さんの右腕として石井さんのサポートをおこなった黒川さんへ懲役15年、見張など間接的サポートをおこなったその他共犯者にも懲役5~6年の判決が下されました。

確定判決の罪名から考える

 共謀共同正犯という言葉は初めて聞いたという方もいると思います。刑法60条は共犯として「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯(単独でその犯罪を犯したものと同様)とする。」と規定しています。一般的な共犯(共同正犯と呼びます)は、条文通り2人以上で共同して犯罪を実行した場合が該当します。この「共同して犯罪を実行」することは、2人して同じ行動をおこなうことは勿論、犯罪実行のために役割分担をすることも含みます。例えば銀行強盗を思い浮かべてください、数人で銀行に押し入って1人が銀行員への脅迫行為をおこない、もう1人が出されたお金を袋に詰めて、1人がドライバーとなって全員逃走した。このように強盗にかかる一連の行為を2人以上で分担した場合も全員が強盗罪の共犯として処罰されます。「共同して犯罪を実行」したかについては、2つの要件が裁判にて判断されます。ひとつが一緒に犯罪をしようという共同意思、そしてもうひとつが実際に一緒に犯罪実行をしたという共同実行という要件です。この2つの要件を満たすことで共犯として認定され、その罪科として共犯でなそうとした犯罪の「正犯」になります。先の銀行強盗のように、脅迫した人、袋詰めした人、運転した人それぞれ実行したのは犯罪の一部だとしても、共同意思が認められれば全員が強盗罪になるわけです。これを「一部実行全部責任」なんて言ったりもします。

 一般的な共犯に対し共謀共同正犯は、共犯認定のうち共同意思はあっても共同実行がない場合を指します。犯罪計画を話し合うことで共同意思を確認し、その話し合いに参加したうちの一部が共同意思に基づいて実行行為を行った場合がこれにあたります。この場合には実行行為を行った人と話し合いにしか参加していない人に分かれますが、その全員を「一部実行全部責任」の通り正犯として処罰します。刑法60条の文言に照らせば、共同意思はあっても共同実行がないわけですから、共謀共同正犯は否定されるように思われます。しかし、明治29年(1896年)恐喝罪の大審院判決をきっかけに裁判所は共謀共同正犯を刑法60条の解釈として認めました。その後も裁判所の判決に度々使用されることで、共謀共同正犯は日本の判例(裁判での前例)として定着することとなりました。

共謀共同正犯の判例と学説の歴史

 それでは、共謀共同正犯はどのような経緯で定着したのか、その過程について概観しましょう。明治13年(1880年)旧刑法編さん過程では、立法者は共同正犯に共謀共同正犯は含まれないという方針にて、共謀共同正犯を明確に退けました。その頃にも刑法には様々な学派がありましたが、その学派を越えて共謀共同正犯は一律に認められないとされてきたのです。ですが先に挙げた明治29年(1896年)大審院判決をきっかけに旧刑法下の共謀共同正犯の判例が蓄積されました。当時の明治政府は佐賀の乱や西南戦争など政府に反乱する「不平士族」の鎮圧と欧米列強に追いつき対抗できる近代国家建設を目指していました。共謀共同正犯は「不平士族」の起こした加波山(かばさん)事件判決や近代国家政策として為替手形や造幣の整備の中で生まれた私文書・紙幣偽造という新たな犯罪に対して適用され、「明治政府の政治的・経済的基礎を…脅かす行為に対して適用されてきた」[i]とされます。

 明治44年(1911年)現行刑法施行から4年後、詐欺罪の共謀共同正犯に対する大審院判決が下されたことで旧刑法から現行刑法への判例の連続性が認められます。しかし判例は窃盗罪の共謀共同正犯についてはこれを否定。その理由について、謀略をめぐらす知能犯と違い窃盗などの実力犯は体を動かすことが実行行為の核なのだから身体的な手助けを共犯の要件とするといった説明[ii]や知能犯は犯罪実行する「手足」よりも指示を出す「頭脳」の方が犯罪遂行に重要[iii]とも説明されますが、少なくとも知能犯のみに共謀共同正犯の適用を制限していました。その後昭和11年(1936年)共産党銀行強盗事件において、窃盗又は強盗罪についても共謀共同正犯を認める判決が下されました。この頃には、共謀により共同意思を持った団体(共同意思主体)が生まれ団体が成した実行行為は団体で責任を負うという共同意思主体説が台頭することで、従来の知能犯・実力犯という認識は否定されその範囲は実力犯にも拡大することとなりました。しかし学説は現行刑法施行されてからも継続して、一部論者を除いて共謀共同正犯を否定していました。戦後を代表する刑法学者団藤重光は当時の学説の態度として、判例に理論的基礎を提供したのは元大審院判事の草野豹一郎一派のみであって、共謀共同正犯は「人は自ら行った行為の結果についてのみ責任を問われる」という近代刑法の個人責任の理念に違反し、団体責任へと拡げるためどの学説でも認められなかったとしています[iv]

 戦後昭和33年(1958年)練馬事件をきっかけに、学説の共謀共同正犯への態度が変化していきます。練馬事件では共謀共同正犯の成立に共謀が不可欠であることから、共謀の認定には「厳格な証明」として「(共謀者が)他人の行為を利用して…(犯罪を)実行に移すことを内容とする謀議」の証明が必要とされました。 これまで共謀共同正犯に反対していた学説も、練馬事件判決を好意的に受け止め、先に紹介した団藤も自身が最高裁判事になった後に練馬判決を踏襲する共謀共同正犯容認の判決[v]を記しています。しかしこの練馬判決は共謀共同正犯の範囲を拡大するものでもありました。この判決ではX→Y、Y→Zなど順次に共謀がなされた場合でも全員に共謀の成立を認めるものだったのです。

 学説はその後1970年代から団藤と双璧をなす若き平野龍一が台頭します。平野もまた共謀共同正犯を否定していましたが、共謀共同正犯の判例蓄積から否定するよりは認めたうえで定義づけや明確化によって制限しようとしました[vi]。学説も団藤・平野の変説によって共謀共同正犯肯定へ一気に傾きます。しかし判例の共謀の成立範囲はさらに拡大していきます。平成15年(2003年)、暴力団組長を警護するスワットと呼ばれる組員が所持していた拳銃について、最高裁判所は実際に拳銃所持の共謀がなくともスワット達が自発的に拳銃を所持することを組長も認識していたという黙示の共謀を認めました。


[i]大場史朗「共同共謀正犯再考」『近代刑法の現代的論点』足立古稀 P170

[ii] 三枝有「共謀共同正犯論における共謀共同正犯(2)」中京大学大学院生法学研究論集第 7号P3

[iii] 内田博文『日本刑法学のあゆみと課題』P52

[iv] 団藤重光『刑法要綱総論』P396以下参照

[v] 判時1052号P152

[vi] 平野龍一『刑法の基礎』P243以下参照

参考資料:内田博文『日本刑法学のあゆみと課題』P49以下参照

    本庄武編『ベイシス刑法総論』P291以下参照

まとめ

 これまで見てきた通り、共謀共同正犯はまず判例の中から生まれ、判例を蓄積し範囲を拡大させていきました。学説は近代刑法原則の個人責任の理念に基づき、他者の行為や結果のみによって責任を負わせようとする共謀共同正犯に否定的でした。しかし練馬事件を契機に学説は共謀共同正犯を追認する傾向になります。共謀の認定に厳格な証明が必要となるから、制限をかければ容認可能だからと学説は理由付けしようとしました。しかし実際はどうでしょうか?共謀の成立範囲は順次共謀・黙示の共謀と拡大しています。黙示の共謀なんて話し合いをしていないわけですから、共謀の認定などできるわけがなく「厳格な証明」なんて絵に描いた餅になりかねません。これまで追認をおこなってきた学説が、裁判所を指導する立場になれるのか疑問が残ります。

 最後になりましたが、共謀共同正犯の転換点となる判例には、共産党員による銀行強盗・練馬事件は労働争議・スワット事件は暴力団というように政治的抵抗層・マージナル層といった多数者のリスクとなりうる異者とされた人々が関わっています。それはまるで明治政府が不平士族を排除した歴史を想起させます。また、従来の学説が反対したように共謀共同正犯は近代刑法から逸脱した存在であるがために、その運用に際しても近代法からの逸脱を要求することになります。刑事政策的な側面や法運用たる刑事訴訟法との関連性はまた次回以降にみていくことにしていきましょう。

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